昨年から何度か野生のシカ肉をレストラン、職場の同僚、イベント会場などで提供してきましたが、おおむね好評であります。ですが、世間一般ではシカ肉というと臭い、まずいという印象があるようで、猟獲のシカと言っただけで嫌がられることもあります。
我々は状態の良いシカ肉だけを食用にしておりまして、少しでも血が回っている物、処理が遅れた物は犬の餌にしてしまいます。犬は血が回った肉の方を好むので、良い棲み分けになっているのです。
さて、シカの処理に関して「血抜きが良くされている」という表現を聞くことがあります。獲物を木に吊るすのは血抜きをするためだ、とか、腹を開けて沢にさらすのだ、とかいろいろな方法があるようです。
私自身の感覚でいえば、血抜きで一番大事なのは殺し方そのものでしょう。いちばん良いのはわな猟等で捕獲した個体の頸を切って屠殺することで、頸動脈を切れば脳の血圧が下がって一瞬で意識も無くなりますからシカのストレスも少ないし、家畜の処理と同じなのだから血も良く抜けるのは道理です。心臓は意識が無くなっても動き続けますから、毛細血管の血まで吸い出してくれるわけです。
銃猟だとわなよりも血抜きが劣るような言及がされることがありますが、ネックショット、頸撃ちが成功すれば神経が途切れて、貧血を起こした人間が倒れるように一瞬でクナっと脚が折れるとともに、頸から大量に出血するのがはっきり見えます。この場合頸を切ったのと同じくらい良く血が抜けます。
他の急所、頭や胸に着弾した場合、頸よりもやや血抜きは劣ります。しかし銃創で死に至るということは大概の場合、出血多量が死因ですので、血抜きが悪いというほどのことはあまりありません。例えば肝臓に傷が入れば、体の外に血が出なくても、腹腔の中に血が抜けてしまうのです。
ただし、心臓に命中して脈拍が止まった場合は、大きな血管の中の血は抜けますが、筋肉の中の血は留まったままになってしまいます。また、頭部着弾で血管に大きな傷がつかなかった場合や、バックショットの1発が脊椎に入ってほとんど出血せずに止まる場合もありますので、心臓が動いている間に頸を切って出血を促す必要があります。
グループで銃猟を実施する場合、シカを止めたのは良いが、すぐに内臓除去などの処理ができない場合があります。猟の序盤に射獲し、まだ猟犬が獲物を追っているので待ち場を動けない事がままあります。
内臓を取り除けば、消化物の匂いも筋肉に回らないので生臭くなりませんし、大動脈、大静脈共に切断されるので必然的に血も抜けます。それができない場合、腹部を20~30センチ切開し、消化管の膨張で腹圧が高まるのを防いでおきます。「ガス抜き」という作業です。これをやっておくだけで、内臓除去が遅れてもだいぶマシになります。
わなで獲ったシカの方が食用に適しているような言い方をされることがありますが、わなの場合は一人の狩猟者のペースで処理ができるので、品質を保ちやすい、という面も大いにあるのです。
時折、農家の方が食害対策のためにわなを仕掛けた場合に多いのですが、血が出るのを嫌うためか頭が変形するほど殴打して殺す事があります。このような個体はもちろん血抜きもされていないため、食用には向きません。もちろんシカの被害に悩む農家の方の心情は察して余りあるのですが、このようなシカを見るといろいろな意味で悲しい気分になります。